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グループディスカッションでは発表はした方が良い?

グループディスカッションでは発表はした方が良い?

就活生のみなさん、こんにちは。京都の商社で人事をしている松永です。

今日は僕が「何か伝えてください」と言われたときに、1番伝えたい話をしたいと思います。時期的には少しずれるのですが、グループディスカッションにおける発表のお話です。

 

 

なぜグループディスカッションをするのか?

選考を受けている学生にアンケートをとったところ、だいたい40~50%ぐらいの会社でグループディスカッションをしているという結果になりました。僕が出会った学生に聞いた情報なので、ちょっとズレはあるかもしれませんが、半分ぐらいの会社はグループディスカッションをやっているようです。

グループディスカッションを選考で行う目的は沢山ありますが、「選考が楽」だから導入している企業も多いでしょう。ディスカッションをしている時間、学生はディスカッションに集中しているので企業側の人事は面接に比べると気を張る必要がありません。

また、多くの学生を同時に観察できるのも大きなメリットです。特に「どのようなコミュニケーションスタイルを持っているのか」が採用に大きく影響する会社は、グループディスカッションが選考の中で大きな意味を持ちます。コミュニケーションスタイルが自社と違う場合はそこで終わり。そういったふるいにかけられる役割もあります。

ぶっちゃけて言うと、僕の会社もそうです。

 

グループディスカッションの対策記事

 

グループディスカッションのよくあるテーマ20例とその対策

 

 

グループディスカッションだからこそ見えるもの

また、一対一の面接や試験では見えないものが見ることができます。

僕は主体性を見るのにグループディスカッションだ最適だと思っています。面接では、主体性を判断するには過去の出来事を聞くしかありません。でも、その出来事をその場で実際に見たわけではないので、主体性がどの程度なのか把握することはできません。グループディスカッションなら、実際に目で見ることができるのでその片鱗を見ることができます。

グループディスカッションと全く同じことが仕事で起こるわけではありませんが、仕事で再現される要素がいくつかあります。その中の1つが、「目の前の案件に全力で取り組む人かどうか」です

 

司会、書記、タイムキーパーの役割分担

グループディスカッションでは、司会や書記。タイムキーパーなど色々な役割があります。「どの役割が有利か」ということを就活生から聞かれることが多いのですが、これに関しては正直どれでもいいと思っています。そして、役割がなくても大丈夫です。

少し前に「司会をすると受かる」と言われたこともあるし、「司会をすると落ちる」と言われたこともあります。でも、これってどっちも正解で、司会をうまくやったら受かるってことだし司会が下手だったら落ちるということ。司会だから受かるなんてことはなくて、その役割をやることでチームのディスカッションがうまく進んでいくために何が出来たかということが見られます。僕が今まで出会った人事で「司会だから合格にした」という人は聞いたことがありません。その他の役割も全てそうです。

でも、僕の中で1つだけ例外があります。それは、「発表をしなかったら不合格」というものです。他社がどうかは知りませんが、僕が選考をしているときはそうです。これには理由があります。

 

誰が発表に最適か?

発表がないグループディスカッションもありますが、ほとんどの場合、話し合いの後に発表があります。その発表にはだいたいルールが設けられていて、1分から3分ぐらい。正直時間は少ないです。

基本的に全員初対面で、短い場合で20分ぐらい、長い場合で60分ぐらい話し合いをして、1~3分ぐらいで発表をします。初対面から数十分の間に誰が発表に最適かを選んで発表をすることになります。

その場合に多いのは、司会だった人。次に多いのは書記をしていた人。まとめていた人が発表することが多いです。うまく話せる人が話した方が良いから、「自分は上手く話せないから譲っておこう」という人がいても仕方ないかなとは思います。

でも、僕はこの考えに対して反対の意見を持っています。

 

発表は成果物

グループディスカッションの最後に発表があるということは、ビジネスに置きかえると発表は「成果物」となります。そこまでの過程がどれだけ素晴らしかろうが成果物の質が低いと全てが無駄になるのがビジネス。

だから発表は上手い人がやった方がいい。確かにその通りです。でも、「その人がうまい」ということを、あなたは知っているのでしょうか?

話すのは上手いかもしれない。だけど、発表は別物です。発表の時にガチガチに緊張して何を言っているかわからなくなる人もいるし、みんなで話して「これを発表しようね」って決まったことをすっ飛ばす人もいます。

話していないことと全然違うことを言い出す人もいるし、制限時間をこえても延々と話し続ける人もいます。発表している本人に悪気はないのでしょうがそんな人をたくさん見てきました。

大事なのはその結果を自分でどう受け止めるかです。

もし、発表を任せた人がそんな人で、その結果として自分が不合格になっても「仕方なかった」と諦めることができますか?

 

初対面に自分の人生を預ける?

発表を任せた人は初対面です。その人に対して自分のこれからがかかった選考の大事なポイントを任せる。人を信じるのは大事なことではありますが、ここはそういった場面ではないと思います。自分の人生に対して自分で責任を持つ場面です。

だから、自分が話すのが下手だろうが何だろうが、後悔したくないのであれば、発表の場面に関与することが必要です。

「発表しろ」ということではありません。「発表に関与しよう」ということです。横に立ってサポートすることもできるし、時間をはかって残り時間を伝えてあげることもできます。発表するとわかりますが、残り時間を正確に把握することは結構難しいです。それだけでも発表には大きく関与できる。

発表者がガチガチに固まってしまったら場合によっては自分が急遽変わることもできると思います。いざという時には自分で何とかする。だって自分の人生だから。そういう責任感や、主体性がこういう場面で結構出てきます。

発表が明らかに上手くいっていないのに、席に座ったまま発表者の発表を見ているだけの人を見ると、僕は「逃げたな」って思います。

発表から逃げたのではなく、大事な時に自分で責任を取ることからの逃げです。

 

選考はトライアウト

僕はサッカーをしていたのでサッカーの話を。

自分がサッカーでプロチームのトライアウトを受けていて、PK戦になったとします。普通サッカーでは5人PKを蹴りますが、特殊ルールで1人だけ蹴ることになっています。

このシチュエーションで、その日に初めて出会った人にキッカーを任せるでしょうか?

僕なら任せません。自分で蹴ります。自分が蹴って外したとしても、自分で蹴ります。だってこれはトライアウトだし、プロになるための試験だから。人に任せてその人が外して、その結果自分が不合格になっても「仕方なかった」って思えるほど甘い気持ちでそこにいません。だって、プロになろうとしているんだから。

 

就活もそうですよね?

就活もそうなんじゃないでしょうか。その人に向いた役割もあるし、その人は違う場所で力を発揮する人かもしれない。だけど、目の前の与えられたことに向き合わない人がやっていけるほどプロって甘くないけどな、って思います。

就活って何かというと、プロになるための試験ですから。

 

仕事も会社も同じ

仕事がうまくいかなったときに、「それは自分の職務じゃないから」とか。

会社が厳しくなってきた時に「それは経営陣が悪い」とか。

目の前のことと向き合わなかった人はそうやって生きていくんじゃないでしょうか。

そうやって生きていくのも生き方かもしれないけど、僕はそれが素敵だと思いません。確かに自分のせいじゃないかもしれないし、もっと上の人の役割かもしれない。だけど、そのために自分ができることはもっとあるんじゃないでしょうか。これは、自分の人生だと思ったら、人のせいにせずに自分ができることを探すんじゃないかなと。

 

まとめ

何が言いたいかと言うと、自分がどうやろうとそれは自分に返ってくるということです。

発表しても自分に返ってくるし、発表しなくてもしなかったことが自分に返ってきます。今日自分がやったことは明日の自分を作るし、やらなかったことも明日の自分を作ります。

どうせなら、自分が思う素敵な自分を作ったらいいのにな。そう思っています。自分の人生は自分で責任を持つ。それを「自立」って呼ぶし、そういう人が社会で活躍するんじゃないかなと僕は思っています。

まずは、発表から。
そうやって自分の人生を創っていくのも素敵じゃないですかね?

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最後まで読んでいただきありがとうございました。
あなたの就活、だけじゃなく人生が素敵になることを楽しみにしています。
また、キャりんくでお会いしましょう。

松永でした。